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ヒスロムからの手紙

ペンキ屋の親方、中嶋さんはイカ釣りをする。舟を1人で車の上に積み、海辺で降ろす。年がら年中、ほぼほぼ毎週末。そんな彼と海へ出たいと思って5年。ようやく舟に乗る約束をした、5つの船。けれど本番直前、いっしょに乗れなくなってしまった。はじめて握る操縦桿。はじめて見る街の景色。暗やみの中、エンジンの水を切る音は重く響き、同時にじんわりと沸き起こる波。ずっと客船から見てくれている中嶋さん。
翌年の夏。中嶋さんが持っている2級船舶免許の試験を受けた。2人は合格。1人は不合格。愛知県を流れる庄内川沿いの採石場から、1本の松ノ木を切り出し、この木と一緒に川の上流から名古屋港まで下った。川の下り方は丸太が教えてくれた。力まず、焦らず流れに身を任せる事。多少の急流でも上手く流れる技術を身につけた。川幅が広くなると、船で丸太を引っ張り、丸太にしがみつき、港へと向かった。7つの船では暗く冷たい川に入った。何も見えなかった。水中に沈む明かりの中に入っていくと、身体がじんわり暖かくなっていき、ぼんやりと景色が見えて来た。
昨年の秋、ワルシャワ郊外の工場街で大きな船を作っている船長と出会った。近いうち世界をこの船でみんなと巡るんだよと話す彼はホームレスの人、アルコール中毒者の人たちと共に10年ほど前からこつこつと船を作り続けている。今年の8月、彼の協力のもと、バルト海まで続く川を小さな舟で下る。馬、牛、水門、標識、街、釣り人、船人、川から見える景色は常に新鮮で時間は高速に流れていった。その後、別の船でコペンハーゲンへ船長と一緒に海を航海。船はうねる波に合わせ海中へ潜り込み、激しい揺れと音が押し寄せる。風に合わせて帆の方向を変え、遠くに光る目じるしを追いかけ舵を握り、水面を滑るように進む。はじめての海。

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